Information

永山邸/カフェ明石屋
〒859−5103
長崎県平戸市田助町98−1
Tel 0950-22-3793

2021年

明けましておめでとうございます。

カフェ明石屋は1月10日より営業の予定です。
なお室内見学について補修工事のため休止させていただきます。

初日の出


田助浦からの初日の出/

HIRADOジビエフェア

1月10日(日)11日(成人の日)
平戸いのしし「アドボ丼」ランチをご提供いたします。

アドボウ丼

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第19回平戸お庭めぐり

本年度は新型コロナウイルス感染防止の為中止になりました。

明石屋


詳細は 平戸藩お庭めぐりホームページをご覧ください。

元廻船問屋明石屋永山邸

明石屋

永山邸(明石屋)
 江戸時代は明石屋という廻船問屋で、角屋(元鶴屋邸)が表の志士達の会合の場所だったが、この明石屋は、重大な密談の場所、不穏な事態の時の隠れ家として使用されたらしい。
西郷、高杉、桂、坂本龍馬がこの家で密議をしたのは、慶応2年の春以降と思われる。  その根拠として、西郷が、この家の離れからの景色が、下関の春帆楼に似ているといって、一階の階段の所に「春帆楼」と書いて掲げていたという話がある。
薩長同盟が成立したのは慶応2年1月21日であり、西郷が下関を訪れたのはその後である。
 永山家は、明治36年の火災で当時の家は焼失したが、女将が先祖に申し訳ないと焼失前とそっくりに再現したといわれる。
 現在も殆ど、西郷隆盛達が会談した当時の状態で残されており、離れは刀を差しては登れない狭い階段があり、階段前の2階は戸袋になった隠し通路があり、部屋から見ると押し入れに見える。
 なぜ記録が残っていないか?もちろん火災で焼失したこともあるが。この会談は、まさに他人に知られてはならない秘密会談であり、女将は使用人には勿論、家人にも内緒にしていた。料理を運んだのも女将のみであり、いかに討幕の重要な会談だったと推測される。
 女将が家人にその時の会談の人物を明かしたのは、明治維新から暫く過ぎた頃だったという。
 幕末の田助の回船問屋、民家を伝える貴重な家屋で、末永く保存できるようにしたい歴史的文化財である。

カフェ明石屋

カフェ明石屋は開店7周年です
9/19(土)〜9/22(火)連休中、記念の限定ケーキとパンのワンプレートスィーツセットほかを取り揃えて、ご来店をお待ちしております。
ランチ

カフェ明石屋は永山邸内に設けられたカフェ
ここだけのオリジナルケーキが味わえる.
予約制で南蛮料理(エスニック風アジアン料理)も楽しめる.

土・日・祝日(喫茶・テイクアウト))水・木(テイクアウト)営業
(10:00〜17:00)
お食事(4〜40名様(当面20名以内)¥4,000/人より:要予約)
お食事は平日の予約もできる.

南蛮の風

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